『わたしのペンは鳥の翼』~聞こえてきた声のその先~ 20230106(第21回)

 今回は、アフガニスタンの女性作家たちの短編集『わたしのペンは鳥の翼』(小学館)を紹介し、作品の中から聞こえてくる声について考えたいと思います。
2022年の国際的な大きな出来事として、ロシアのウクライナ侵攻がありました。この戦争はいまだに終結の糸口がみえていません。ロシアは、ソ連の時代にアフガニスタンにも侵攻をしています。この時には1979年から89年まで実に10年も戦乱が続きました。以前このコーナーでウクライナ生まれの作家アレクシェービッチの『チェルノブイリの祈り』という本を取り上げたことがあります。この本はチェルノブイリの事故から10年経ってからの、事故を体験した人々の聞き書きでしたが、アレクシェービッチは、アフガニスタンからの帰還兵たちの声を集め、1989年に『亜鉛の少年たち』という作品も発表しています。
ウクライナ侵攻は今も続いていますが、アフガニスタンの混乱も決して終わることなく、今現在も危機的な状況にあることは変わりがありません。2021年8月にはタリバンが再び政権を掌握しました。タリバンをめぐってはさまざまな争点があります。大きな問題のひとつが女性の権利についてです。2022年12月20日には、再開されていた女性の大学教育が再び停止されてしまいました。今人々は何を思っているのか、私たちが知るすべは限られています。
そのような状況の中、アフガニスタンの女性作家たちの短編集『わたしのペンは鳥の翼』が22年1月にイギリスで出版され、日本語でも10月に出版されました。もともとは紛争などによって疎外された作家を発掘するプロジェクト「アントールド」の発案から生まれています(p. 8.)。「アントールド」は、アフガニスタンの言語であるダリー語とパシュトー語で短編を書く女性作家を2019年と21年の初めに公募をしました。この作品集には18人の女性作家の23の短編が集められています。
この作品の中にはもちろん、紛争がもたらす破壊、おびたたしい死者が描かれていますし、家父長制社会のなかで虐げられる女性の姿も描かれ、社会の混迷を根深さを目の当たりにします。それと同時に作品を読んでいて目に留まるのは、細やかな日常のディテール、人々と小さな持ち物の関係です。同性愛者と思われる青年がこっそりとつけたヘアバンド、不安定な仕事につかざるをえない女性が昼食時にかかえる豆の入った小さな容器、いつか手にしたいと第二の妻の境遇におかれた女性が願うルビーの指輪、子供のために買ってあげたいと思う棒付きキャンディー、そして父親に強情なまでにせがんで買ってもらった赤いブーツ。そうした品々には、登場人物たちの欲望、不満、愛情などがこめられています。そんな小さなモチーフから、私たちの目の前にたとえ小さくともひとつの世界がイメージとして浮かんできて、ほんのせつな、その世界で暮らしている人々の声が聞こえてくるような気がします。
この短編集の後書きに、作品を寄せた一人の作家の文章が引用されています。その中に次の一節があります。「わたしたち女性はマイノリティだ。わたしたちの話を聞いてほしいし、耳を傾けてほしい。そう、わたしの声は聞こえているだろうか。」
文学は、この混乱に満ちた世界の前では無力かもしれません。それでも文学はほんのわずかであっても、その世界をはっきりとした明るさのなかでイメージとして伝えてくれます。そして問題はその先にあるように思います。本を閉じたその後です。この作品に描かれている世界は、現地の現実の一端です。ということは物語世界は終わろうとも、作家たちはこの現実の世界で生き続けているのですし、作家が描いたのと同じ状況を現実の中で多くの人々が生き続けているのです、ならば私たちには、安易な同情や共感に陥ることを戒めながら、この物語のその先の、声の持ち主が置かれている今の状況を少しでも知ろうと、歩みを一歩進めることが求められているのではないでしょうか。

(本論では触れませんでしたが、1990年代以降のタリバンを主対象としたアフガニスタンの現代史については、青木健太『タリバン台頭ー混迷のアフガニスタン現代史』(岩波新書)が参考になりました。)

(慶應義塾大学教授 國枝孝弘)

「声のつながり大学」2023年1月6日放送