アート作品としての「声」のアーカイヴ 20220916 今中第1回

今回は、アート作品としての「声」のアーカイヴというテーマでお話したいと思います。アート作品という言葉を聞くと、展示物を目で見て鑑賞する、という視覚的なイメージを持つ方が多いと思いますが、ここでは、「声」を展示しアーカイヴするアート作品についてご一緒に考えていきたいと思っています。ここでいう「声」は人が物理的に音として発する「声」だけではなく、文字として記録される「声」や、さまざまな形で残される概念的な「声」も含みます。それでは具体的に、「声」に関するさまざまなアート作品やプロジェクトの事例をご紹介していくことにしましょう。

最初にご紹介するのは、久保田沙耶の「漂流郵便局」というプロジェクトです。メディアなどでたびたび紹介されているので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。漂流郵便局は瀬戸内の旧粟島郵便局の建物を利用したアート作品で、アーティストの久保田自身が「局員」となり、かつて粟島郵便局で実際に郵便局長を務めていた中田勝久が「局長」を務めています。差出人は亡くなった家族や未来の自分、どこかで一度会っただけの人物など、届け先のわからない手紙をハガキに書いてこの郵便局に送り、郵便局は届いた手紙を私書箱に保管します。郵便局を実際に訪れた人は、これらの手紙を手にとって読むことができ、その手紙が自分宛てだと感じた場合には、持ち帰ることもできます。このような形で、全国各地からさまざまな声がこの地に流れ着きます。

「漂流郵便局」は、実際には郵便局の機能を持った施設ではありません。にも関わらず全国各地から多くの人々の声が集まるのは、「宛先のない手紙を受け取る」というアーティスト独自の視点と、そのアイデアを実現する場と人の存在が大きかったのではないかと思われます。久保田がパンフレットに「ここにはかつてたくさんの物、事、人が流れ着きました。」と書いているように、その立地から多くの人や物の往来を見てきた島の歴史が反映されたアート作品であるといえます。

次にご紹介するのは、アメリカ人アーティスト、スーザン・ヒラーによる Lost and foundという映像作品です。スーザン・ヒラーは元・文化人類学者という経歴を持つアーティストであり、この Lost and found という作品は、世界各地の23の少数言語による声で構成されたものとなっています。映像作品といっても、実際の話し手の姿は現れず、真っ暗な画面に英語による字幕と音声波形だけが表示されます。例えば、ウィチタ語という言語を話している女性の声を日本語に訳してみると、次のような内容になります。

「私はウィチタ語を話す、のこされたただひとりの人間です。

ちいさい頃、祖母からウィチタ語をならいました。

子供たちには、ウィチタ語がどのように聞こえていたかを知ってもらいたいです。

私がいなくなっても、子供たちは私の声を聞くことができます。」

ウィチタ語というのは、アメリカ南部の原住民族ウィチタ族によって話されていた言語であり、語り手である女性自身が話しているように、まさに消えゆこうとしている少数言語のひとつです。話し言葉としての言語の消滅を止めることはとても難しいことかもしれませんが、その音声がアーティストの手によって映像作品の一部となることで、話者がひとりもいなくなった後も多くの人の耳に触れ続けることになるでしょう。この映像作品は、少数言語話者の声を内包することによって、文化人類学者の視点を持ったアーティストが、彼ら/彼女らの貴重な声を一つの作品の中にアーカイヴしようとした試みであると言えます。

最後にご紹介するのは、フランス人アーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーによる「心臓音のアーカイヴ」というプロジェクトです。彼は一貫して、今は不在となった人々の痕跡を想像させる作品を制作し続けました。直島にある「心臓音のアーカイブ」には、彼が2008年から収集し続けた世界中の人々の心臓音が保存されています。来場者は見知らぬ人の心臓音を聴いたり自身の心臓音を録音したりすることができるともに、暗闇と光の点滅、収集された心臓音によるインスタレーションを体感することができます。

ボルタンスキーは2021年にこの世を去りましたが、彼自身の心臓音も他の多くの人々の心臓音とともにこの場所に保存され再生され続けています。

ここでボルタンスキーが提示するのは、「不在」という形の声であるといえます。つまり、心臓音という生命に直結した身体の営みをアーカイヴしアート作品として提示することで、そこに確かに生きていた人々の「声」をありありと浮かび上がらせる装置となっているのです。

今回は、アート作品としての「声」のアーカイヴというテーマで3つの作品をご紹介させていただきました。現在、特に音声や映像をメディアとして人々の声や記憶を残すアート作品が増えてきていると感じます。それぞれの土地で口伝えによる文化の伝承が機能していた時代に比べ、現代では従来的な意味でのコミュニティが人々の記憶を共有する社会が自明でなくなりつつあります。移民、病、災害などなんらかの共有された体験をもとに発せられた複数の「声」を展示物やアーカイヴとして残していくことのできるアート作品は、現代の芸術の機能や役割という観点からも、興味深い研究対象であると考えています。

(大阪産業大学准教授 今中舞衣子)

「声のつながり大学」内「声のコラム」 第34回 2022年9月16日放送