フランソワ・ボンという作家 20230505(第24回)

今回は、フランスの現代作家フランソワ・ボンの小説を取り上げ、作品における声の存在について考えます。フランソワ・ボンは1953年生まれ、今年70歳になる小説家で、これまで二十作以上の作品を書いています。
その作品の特徴は、現実の出来事に深く根ざしているという点です。そしてその現実とは、社会の中で下層に置かれ、忘れられている人々の存在のことです。文学があたかもドキュメンタリー映画のような役割を担うということ、これは現代フランス文学の傾向のひとつでもあります。
たとえばフランスの現代文学の研究者アレクサンドル・ジェフェンは、現代作家26人にインタビューをし、文学と政治の関係について尋ねています。作家たちの言葉から、ジェフェンは、彼らが政治的な問題と作品を切り離していないこと、また文学に要請されているのが「関係」であることを指摘しています。関係とは、個人と個人、個人と社会の関係を見つめ直すことによって、社会でともに生きる可能性を模索することです。
この本で紹介されている作家たちよりも上の世代になりますが、フランソワ・ボンも、社会との関係を強く意識した実践、また作家活動をしてきました。社会との関係を強く意識した実践とは、Atelier d’écriture「作文教室」の開催です。ボンは、郊外の高校生や、最低賃金で働く労働者、そして教員や役者にも作文教室を実施していきました。作文とはいえ、ボンが実践してきたことは、物語のような文の繋がりは意識せず、一文を書くこと、そしてその一文は、想像を広げて書くのではなく、実際の記憶から、すなわち、自分たちの生活でしたことを書くということです。
こうしてボンの作文教室では書くことと自分の生活が強く結びついています。そしてこの姿勢は、ボン自身の作品にも通じています。ボンの作品は「庶民を文学空間の中心に置いた」と指摘されていますが(Gefen, Réparer le monde, p. 193.)、今日取り上げたいのは、2004年の作品『Daewoo テウ』です。テウは韓国の財閥のひとつですが、このテウグループがフランスのロレーヌ地方に電子レンジなどの家電製品を生産する工場を設立します。鉄鋼業で栄えたこの地方も、当時は産業が斜陽をむかえており、自治体は公的な補助金を使いテウの工場を誘致します。しかし2002年から2003年にかけて工場は突然閉鎖され、ここで働いていた現地の労働者、多くは女性だったのですが、解雇をされてしまいます。
ボンは、この労働者たちに会うために、現地に何度も赴きます。当初はこの出来事を主題にして演劇作品を作るためでした。しかし次第にボンは、本を書こうと考えます。それは当事者たちの声を聞くうちに、その声を聞いて、書き留めること、そしてさらにそれを語り直さなければならないと考えたためです。
テウの労働争議の中で、労働者側の代表として選ばれたシルヴィアという女性が、ある日自殺をしてしまいます。作者は、この自殺について語る、同じく労働者であった女性Anneの語りを聞きます。その話の中で、アンヌはシルヴィアを夢にみたことを語ります。その夢の中でアンヌはシルヴィアに抱きしめられます。そうした親しい交流が現実にはなかったかもしれない。ただこの夢の語りは、アンヌのシルヴィアへの決して時が解決することのない思いを表しています。ボンは、こうした人々の記憶を作品に記録していきます。
ボンは労働者たちの、作品に残さねば消えてしまう声を書き留めるのですが、それだけが書かれているわけではありません。たとえば産業側の主張も記録されています。その時てボンの目線はその言葉づかいへと向かいます。工場閉鎖という労働者によっては全てを失ってしまうcrise「危機」が、産業界ではmutatition「変動」としか言われないのです。ボンは、直接に言及するわけではありませんが、この書き方から、世界を巻き込む急激な変化によって取り残されてしまう人々の、単調ではあっても日々を働きながら生きること、生活を守ること、決して目立ちはしないが平凡な日常をただただ生きていく姿を書いているのです。このボンの作品には、文学のひとつの意味があるように思います。流れていかない生活の時間と富をもとめて時間を加速化させる世界の対立にあって、反時代的な姿勢をとり続けるという役割です。

参考文献
François Bon, Daewoo, Fayard, 2004 (Livre de poche, 2006)
François Bon, Tous les mots sont adultes, Fayard, 2000 (Nouvelle édition, 2004)
Alexandre Gefen, La littérature est une affaire politique, (L’Observatoire, 2022)

慶應義塾大学 國枝孝弘

声のつながり大学 2023年5月5日(金)放送