日本で最初の近代的な国語辞典、大槻文彦の『言海』20230915菊池第4回

 

今回は、日本で最初の近代的な国語辞典、大槻文彦の『言海』についてです。政府の命で、明治八年(一八七五)に着手して、同一九年に完成しています。明治二十二年から二十四年にかけて、四分冊で、みずからお金を出して出版されました。その後、縮刷版の小型・中型本が出て、明治中期から昭和初期にかけて、最も多く愛用された国民的な辞書となりました。その改訂増補に大正元年(一九一二)から取りかかりますが、『大言海』として刊行されたのは、文彦没後の昭和七年(一九三二)からのことでした。
『言海』には、地名・人名などの固有名称や学術専門用語を除いて、日常用いる普通語、約四万語が掲載されています。言葉の排列にあたっては、それまでの意味分類の方式を採らず、またイロハ順ではなく、五十音順としたことが画期的でした。そして、発音、語別、語源、語釈、出典の五つを示し、しかも、「語法指南」と称して文法について解説しています。その後の辞書づくりの模範、基準となりました。
さて、『言海』が編纂された明治一〇年代は、ちょうど文明開化、自由民権運動がさかんな時期にあたります。まだ帝国憲法が発布される前ですので、明治憲法体制はこの辞典には反映されていません。弘化四年(一八四七)年、江戸で生まれた文彦にとって、同時代の生きた言葉というのは、幕末からは明治一〇年代にかけての幕府倒壊、廃藩置県など政治変動の激しかった近世・近代以降期の言葉ということになります。
このため旧幕府時代の制度など知るのに便利です。たとえば、江戸時代は身分制社会といわれますが、「身分」とは、「人の身の分際、貴賤貧富の位置(くらい)」であると説明しています。教科書で教えられる「士農工商」ですが、これを四つの民、「四民」というとし、いっぽう「百姓」の項目には、百姓とは四民の通称で、天が下の民の通称、と記しています。これですと、「士農工商」イコール「百姓」になりますが、江戸時代、百姓に「士」、武士は含まれていませんので注意が必要です。「百姓」のもう一つの意味「専ら農民の称、農」となったのが江戸時代でした。そのほか、「平民」「人民」「凡下」「庶民」などが立項されています。「平民」は「身分なき民」と説明され、武士のような身分序列がないという意味でしょう。明治期は「人民」がよく使われましたが、私たちが普通に使う「民衆」という言葉は『言海』には登場しません。『大言海』には出てきますので、大正期頃のデモクラシーが反映しているのだと思われます。
『言海』には旧幕時代の言葉とともに、「公議」「公論」「輿論」、「文明」「文化」、「権利」「義務」、「言論」「演説」、「新聞」、などといった、翻訳語とも関係(関連)してきますが、明治初期・前期の西欧化を示す言葉が目を引きます。「民権」について、「人民の身体、財産等を保つ権利。(政府の権に対す)」と記しており、国権と民権が拮抗した時代を反映しています。
「辞書」という言葉も新しいものでした。『言海』初版第一冊の表紙に「日本辞書」と記しています。「国語」でないことも注目しておきたいと思いますが、「辞書」という項目をみますと、「字引」(ジビキ)の条を見よ、とあり、「字引」の項目には「漢字を集め列ねて、その形、音、意義などを説きたる書の名(下略)」などと説明していますので、当時の文彦にあって、「辞書」より「字引」のほうがまだ一般的な普通語でした。「辞書」の用例は旧幕時代にさかのぼりますが、文字の「字引」から、言葉の「辞書」へ移っていくのは明治20年頃からといわれていますので、『言海』はその新旧の転換期にあったことになります。
言葉は変化し、新語も生まれ、辞書は常に更新されていきます。古い辞典や旧版は使われなくなるのですが、その時代の生きた言葉ですので、歴史的な意味での利用価値はむしろ高まるといえるでしょう。文庫版『言海』を読んでみて、このようなことを考えてみました。

宮城学院女子大学名誉教授 菊池勇夫

書誌情報 大槻文彦著『言海』(ちくま学芸文庫、筑摩書房、二〇〇四年)。底本は、昭和六年(一九三一)三月十五日刊の六二八刷。

声のつながり大学 2023年9月15日放送