第3回「声のつながり研究会」報告:書籍は生活必需品~フランスの小規模書店がコロナ禍で開店を勝ち取るまで~(20210516)

書籍は生活必需品~フランスの小規模書店がコロナ禍で開店を勝ち取るまで~

間瀬 幸江

2021年2月25日の通達(デクレ)で、書籍が「生活必需品produits essentiels」として認められた。すでに2度にわたる全国的なロックダウンが実施されるなか、書籍は食料やガソリンと同列に扱われず、したがって営業の縮小を余儀なくされていた。法的な拘束力をもたない日本の緊急事態宣言とは異なり、フランスのロックダウンconfinementの期間中は、「生活必需品」と見做されない商品の陳列棚も店舗も、その営業は違法とみなされ処罰の対象となる。しかし、このデクレから一か月後の3月下旬から4月上旬にかけて段階的に始まった三度目のロックダウンでは、書店は晴れて、食料品店同様の営業を認められることとなった。
書店組合は2月27日に声明を発表、「書店の開店状態維持」が確約されたことで、今後サイロのロックダウンに入っても「売れる本だけを流通させるのではなく、書店の選書による良書の販売」を促進しその結果「人がつながる喜び」を持ち続けられると述べた。そして、営業にあたっては感染予防に積極的に取り組むことも、声明に周到に盛り込まれた。
フランス国内に1200店舗とも言われる個人経営書店Librairie indépendante(書店サイトhttps://www.librairiesindependantes.com/の2021年5月現在の登録書店数による)。チェーン店、大型店とは違い、個人事業主や非営利団体などによって運営される書店の「売り」は、店主直々の選書による書棚の充実である。読者は「自分の本屋」が耕す書棚を楽しみに店舗に足を運ぶ。店内で作者を囲むイベントなども開催されるなど、書店は街や地域の文化拠点のような役割を果たしてきた。読者と読者、読者と作者、書店と読者など、人のつながりを活性化させる、アクティヴな出会いの場である。
フランスの第1回ロックダウン(2020年3月16日~6月)は、観光地はもちろん街中から人影が消え失せる、実質的な戒厳令であったが、5月11日、経済の停滞を懸念する政府は、ロックダウン解除を待たずに書店に営業を認める判断をした。しかし、国が感染症拡大防止のための経済支援策定のための議論を尽くしていないとの懸念から、書店組合は加盟書店に開店自粛を要請した。多くの書店がこの要請に従って営業を取りやめる慎重さを見せる一方、組合は国へ経済支援を要求するとともに、依然営業を認められていたネット通販書店へと顧客が流れることへの強い懸念を直ちに表明した。第2回ロックダウン(2020年10月30日~11月28日)で再び閉店を命じられた時は、第1回ロックダウン時に深まりをみせた議論を下支えに、10月29日発効のデクレの前後、読者、メディア、組合は縦横に連携しての俊敏かつ多層的な抗議行動を展開した。
読書文化の当事者たちのこうした連携は、抗議行動におけるだけでなく、第1回ロックダウン解除後のバカンス前の販売促進キャンペーンでも顕著にみられた。「太陽、海、私の本屋/空気、海、私の本屋/空気、緑、私の本屋」(le soleil, la mer, mon libraire /de l’air, la mer, ma libraire / de l’air, du vert, mon libraire)というキャッチコピーからは、バカンスを楽しむことと、自分の書店を持つことを、いずれも個人の主体性による等位の行動とみなす意図が読み取れる。さらに、読書文化を支える複数の主体の協同への思いと、その前提としての、読書という営みのもつ、「喜び」「楽しみ」を伴う真の教養文化への集団的賛意は、2020年末のクリスマス商戦での好調に可視化された。
読書文化のこうした「勝利」の物語はしかし、それを美談として消費する欲望にからめとられやすい。本が「必需品」のステイタスを得た事実を、サクセス・ストーリーの単純さだけで語ってはならない。その単純こそは、本を読む読者と本を選ぶ書店主の淡々とした日常を再び、かき消しにかかるかもしれない。

(宮城学院女子大学准教授)

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第3回「声のつながり研究会」 日時 2021年5月16日(日)13時~15時遠隔開催
内容
13時05分~14時(発表30分程度、質疑25分程度)
菊池勇夫「蝦夷地警衛に派遣された盛岡藩猟師(マタギ)―文化期のその一端―」
15時05分~15時(同上)
間瀬幸江「書籍は生活必需品~フランスの小規模書店がコロナ禍で開店を勝ち取るまで~」
「書籍は生活必需品~書店がコロナ禍で開店を勝ち取るまで~」